応用生態工学会ニュースレター No.12
Ecology and Civil Engineering Society(ECES)
2000年11月30日 (木) 発行
〔発行所〕応用生態工学研究会事務局 :
〒102-0083 東京都千代田区麹町4-5 第七麹町ビル 226号室
TEL. 03-5216-8401 FAX. 03-5216-8520
〔発行者〕応用生態工学研究会 (編集責任者: 幹事長 :谷田一三, 事務局代表 熊野可文)
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『健全な生態系とはなにか −評価と回復のために−』
Ecological Health: Evaluation and Restoration of River Ecosystems
- 日時: 2000.10.7 14:30- 17:30
- 会場: 滋賀県立琵琶湖博物館ホール
【プログラム】
【講演者等のプロフィール】
- James R. Karr
アメリカ合衆国、ワシントン大学水産・動物学部教授。アイオワ州立大学魚類・野生生物学科卒業。
イリノイ大学博士課程修了。Ph.D.。専門分野は鳥類学、河川生態学、保全生物学等。
主な著書は、「Restoring Life in Running Waters: Better Biological Monitoring 」 Island Pr Publisher (共著)。
- 島谷 幸宏
建設省土木研究所河川環境研究室長。九州大学工学部卒業、九州大学大学院修士課程修了。工学博士。
専門分野は河川工学。土木学会著作賞(1989)受賞。主な著書は、「河川環境の保全と復元」(鹿島出版会)、「河川風景デザイン」
(山海堂)。
- 大森 浩二
愛媛大学理学部生物地球圏科学科助教授。九州大学理学部卒業、九州大学大学院修士課程修了。理学博士。専門分野は水域生態系生態学。
主な著書は、「水生動物の卵のサイズ」(海遊舎共著)。
- 橘川 次郎
オーストラリア、クイーンズランド大学名誉教授。水産講習所増殖科卒業、理学博士(京都大学)。
オーストラリア熱帯雨林共同研究所初代センター長。専門分野は動物生態学、行動学、保全生物学。
オーストラリア生態学会金メダルオーストラリア鳥学会セバンティメダル(1990)、Order of Australia (1999)受賞。
日本語の主な著書は、「なぜたくさんの生物がいるのか?地球を丸ごと考える<8>」(岩波書店)。
「健全な生態系の保護−21 世紀のチャレンジ」
ワシントン大学 ジェイムス・R・カー
社会や生き様(人間生態学)の過激な変化により、人類の健康は異なる脅威にさらされ、歴史がたびたび行き詰まってきた。
例えば、人間が農業を発展させ、定住するにつれて健康をおびやかす源は変化してきた。
飼いならされたペットや家畜類から接触伝染病が突然襲いかかってきた。
都市は、近代文明の発祥の地であると同時に生命にかかわる流行病やその他の病気の培養器であった。
町や都市では、不充分な衛生状態に、人口の密集状況が伴ない、以前よりも急速に病気を広げ、
また、貿易の拡大とともに従来よりも病気を遠くまで広めた
特に20世紀に急速に発展した工業化は、それまで、不衛生からくる病気などの脅威を減らす一方で、新たなる脅威を生み出した。
技術というものはたいていは、諸刃の剣である。例えば特効薬は普通の病原菌蔓延を食い止めたが、その一方で、
当の病原菌は自然淘汰によって薬品に対する耐性を強めた。
また、熱帯地方では、貯水池により、水が充分に供給されるようになったが、しかし、その貯水池は人間の寄生虫に絶好の環境となった。
人間社会は、工業化の進展とともに、驚くべきほどの数の化学物質(自然界にある重金属や有機塩素化合物などの合成物質)に
さらされるようになったが、これらの化学物質は様々な健康障害(急性あるいは、慢性的な毒物、発ガン物質、催奇形物質、免疫抑止剤と
内分泌物撹乱物質)をおこす要因となった。
新たに難問が持ち上がるたびに、医療の現場は、典型的には、次の5段階の過程で対応しなければならなくなる。
すなわち、(1)問題が存在することを認識すること、(2)その原因を理解すること、(3)原因を抑止する能力を身につけること、
(4)問題は重要である価値観をもつこと、および(5)脅威を克服しようとする政治的意志である。最終的にはこの5段階全てを
踏むこととなった古典的な例は、1840年代のロンドンの井戸から蔓延したコレラについてのジョン・スノー(John Snow)の
綿密な研究である。この研究は近代疫学に理論的かつ経験的基礎を与え、「不衛生な病気」(filth diseases)を
終局的に抑止するきっかけとなった。
しかし、医学上、および、環境衛生上、に健康の増進が見られたからといって、我々は自信過剰になってはいけない。
現代社会の人間活動は、絶えず新たなジレンマをもたらす。たとえば結核のように古くからある病気の変異株が我々を苦しめる、
エボラ熱のようなエマージングビールスもある。また狂牛病も問題となっている。
さらに、公衆衛生に対する脅威は肉体的に及ぶ病気に限られるのではない。生態系が不健康な状態になってしまうこと、
すなわち地球の生物システムがこわされることで、ますます個人や社会の健康状態がおびやかされる危険にさらされてきている。
生物圏(バイオスフェア)を使い果たし、悪化させると、気管支喘息の発生率の上昇から食品の供給制限
(または低質から高質など質に違いがある様々な食品の供給)、地球の気候変動、過密または現代生活のテンポによって
引き起こされるストレス病まで様々な健康問題が人間社会に惹起される。生物システムは、精神衛生と社会の安定性を維持するために、
欠くことができない。生態系の健全さを維持できないと人間は多くの病気にかかりやすくなり、窃盗から殺人にいたる犯罪やテロから
戦争にいたる内政不安も増加する可能性が高まる。
このような健康上の難問は、人間社会が生物システムから引き出している商品やサービスの供給が変ってきていることにその問題の根がある。
土壌形成や気候改良や受粉などによるいわゆる生態的サービスについての、最近の研究例では、生物多様性の経済的便益は、
合衆国では年間総額3,190億ドルと見積られた。別の研究では、地球上にある16のバイオーム(生物群系)のために17の生態系が行なっている
現在の経済価値は、USドルで33兆ドルと見積られた。また、「生態学的フットプリント(占有空間)」とよばれる、食物、エネルギーおよび
その他の資源への現代社会の必要度合いを面積であらわしたもので測定している。
1999年秋時点で、地球の人口は60億人である。仮にこの人口が合衆国市民の水準で生活すれば、この惑星(地球)があと2つ要ることになるだろう。
この新たな苦しみ、すなわち生態系の健全さの全体的な逓減のために、新しい視点すなわち諸症状を表面的に治癒させるだけでない
医療の視点が必要となる。そのビジョンでは、「患者」とは何かについての見方を変える必要がある。
個体と個体群は常に患者であるが、地球の生存システムすなわちバイオスフェア(生物圏)もまた患者と考えなければならない。
この事実について社会が認識していないことや誤解していることは克服しなければならない。現代社会がこの問題に気づくまでは、
我々は、失われつつある生態系の健全さに関する脅威から社会を保護するための次の段階を踏めそうにないであろう。
人間は歴史上には先例のない方法で、地球上を変えている。改変の規模や頻度も先例がない。資源および環境を管理する者は、
人間社会にマイナスの結果をもたらす変化の影響を認識し、これを最小にしなければならない。
生態系の健全さを保護する治療法を狭い目で解釈すると危険である。短期間で罹った感染症と傷病を紋切り型に強調するのではなく、
公衆衛生における予防的アプローチを採用すること、つまり健康の保護・増進のほうがより適切であろう。
現代の医療は問題を予防することよりも、問題が発生した後でその問題に対処することが多すぎる。ロンドンのコレラの突発から学んだ
スノーの教訓は、予防的アプローチの真価を示している。
過去の医療から学ぶもう一つ重要な教訓は、意図していない結果を予見し、これによって医療病すなわち医師が引き起こす病気に目を
向けることも必要ということである。このような病気は医者が、もっと広くいうと、近代医療が不注意にも引き起こすものである。
それは、臨床的で社会的であり、もしくは文化的なものかもしれない。自然資源管理や環境管理に明るい人は誰でも、
この種の意図せざる結果について十分知っている。穀物の害虫を駆除する殺虫剤、また、養殖場で育てた幼稚魚を放流することで
採取し過ぎた野生のサケの個体群不足を補おうとすること、いずれも奇跡的な「治療法」だが、結局は個体数の減った個体群を絶滅に追い込んでしまい、
「治療」は効果をあげなかった。同様に、河川管理についての技術的政治的解決の多くは、人間社会に思いもかけない問題を引き起こしてきている。
社会は計り知れないほど河川から利益を得ている。しかしながら、過去1世紀の間、人間は劇的なほどに河川に改変を加え、
河川の健康状態を悪化させてきた。その結果、人間の社会に不可欠な商品とサービスは消耗しつつあり、社会の健康も脅かされている。
「健全さ」「健康」ということばは、「良好な状態」を示す。例えば、「健全な」経済、「健全な」共同社会などであって科学に根拠を持つが、
一般市民にも訴えかけていくものである。健全さの概念を河川に適用することは、科学的原理、法的な要求および変化しつつある社会的価値観、
これら3つの論理から導き出される必然の結果である。河川の状態又は健全さをうまく保全していくのには、景観、河川および人間活動が相互に
どう関わっているかをより現実的に表すモデルにかかっている。河川はその景観の中でおきるすべてのものを集約しているから、
河川の状態、特にその生物学的状態は、我々の行動がひきおこした結果について多くのことを教えてくれる。世界中の河川の状態から、
我々は各地域の豊かな自然の資本の多くは浪費されてきていると分かる。現行法は水の理的(水理的)な関わりを考慮せず、
さらに悪いことには水生(水界)生態系の生物学的構成要素を無視している。このような現行河川法は、河川を適切に保護していない。
人間活動は、物理的生息環境を徐々に変更し、季節的な流況を変え、河川システムの餌資源基盤を変化させ、
河川の生物群集内での相互作用を変化させ、そして化学的汚染物質によって水を汚染することによって、水資源の生物学的インテグリティ
(システムが持っている能力:バランスし、適応力をもつ生物相を維持し、サポートしようとする力)を危うくしている。
従来のモニタリングおよび影響評価(水量、化学的な汚染あるいは標的種の個体群規模の観測)では、
河川の全体的な状態を保全するには適切ではない。というのは、1つにはその活動は狭い概念で形成されており、また1つには
それらの活動は自然の成り行きで引き起こされる変化と人間活動によって引き起こされた変化とを区別するのに十分ふさわしいとはいえないからである。
20世紀の生物学的モニタリングは、限られた対象(有機汚濁すなわち有毒物質)に焦点を合わせることから始まったが、
次第に多様な見方から水生生物相の状態を評価する、すなわちより統合的アプローチに方向を変えつつある。これらの新しいアプローチは、
これまで考慮されていなかったが、生態系の健全さのとても重要な特質の一面を測るといったユニークな考えを導いた。
生物学的モニタリングと生物学的目標設定から、河川の状態すなわち河川の健全さについての最も統合的な見方が与えられる。
統合的なメトリック(測定基準あるいは変量)を多数使った生物指標は生物学的標準(基準)を開発するために使うことができる。
その理由は、(1)これらの指標は化学的な標準よりも理解しやすく、かつ強固であること、(2)最悪状態をみつけるのに効果的であること、
(3)その原因を明らかにする、(4)障害を阻止したりなくしたりする処置を示唆する、および(5)管理が有効に行われているかどうかを
評価するのに効果的であることである。
多数のメトリックによる生物指標は河川の状態を測定するために重要で比較的新しいアプローチである。これらの指標は、
合衆国内の至る所で行なわれる水資源アセスメントの中心的な存在であり、(48州中42州がこれらの指標を保持しており、6州が開発中である)、
南極大陸以外のすべての大陸で用いられてきている。効果的な生物指標は、適切な分類法、河川の状態について正しいシグナルを発する
メトリックを選定すること、これらの生物学的シグナルを測定する系統的試料採取方法および状態をよく表す生物相のパターンを引き出す
分析手順がもとになっている。
IBI(index of biological integrity)は生物相に及ぼされる人間の影響を魚類、底生動物および藻類群集などによって調べる、
多数のメトリックに基づく指標の1つである。IBI は、多様な人間の活動(農業、牧畜、伐採、レクリェーションおよび都市化)
ならびにその活動の結果(「ポイント」、「ノンポイント」の汚染源、物理的な生息地の変更、複雑な累積効果)が水資源に及ぼす影響を探知する
本質的な統計的能力がある。
IBI は水資源状態の時空間的形態を明らかし、管理の効果を評価する。底生動物を用いたIBI(B-IBI)は、10のメトリックを含んでいる。
すなわち、タクサ(種類)の総数、ならびに「カゲロウ類」、「カワゲラ類」、「トビケラ類」、「生活史の長い種類」、
「非耐性生物および固着性動物」それぞれのタクサ数、ならびに「耐性および捕食性分類群の個体数」の割合、さらに
「優占種、亜優占種、亜々優占種の個体数」の割合(百分比率)である。
地球が生命を維持する能力、これが社会に適した環境を創り出すのであるが、この能力を消耗し退行させる人間の行為は、
人間社会を危機に追い込んでいる。河川は、これらに対する見張り番である。すなわち、河川は人間の活動が産み出す危機について我々に
早期に警告を発する。我々はこれ以上危機を無視するわけにはゆかない。
生物学的モニタリングが環境政策に影響を及ぼすと考えられる際には、生物学的モニタリングの結果を市民および政治の指導者に
知らせなければならない。我々は河川と隣接する景観の状態、健全さを示し、悪化の原因を突き止めるために、
生物学的モニタリングの結果を用いることによって、「復元」計画を練り上げたり、流域における土地利用計画と関連する生態学的リスクを評価したり、
あるいは開発の代替案を選択したりすることができる。
21世紀に社会の健康状態を保全できるか否かは、そのシステムを強化し、人間の健康はより広範な生態学的健全さの一部に過ぎないことを
よく理解した運動にかかっている。一人一人の個人に病気がなく、健康であることは良いことだが、社会が全体に健康であることの方が良い。
どちらも生態学的には健全であることが基本である。まとめていえば、それぞれの人が健康であり、健全な社会が存在するには生物圏が
健全であることがまず不可欠な条件なのである。
「河川生態系の評価と復元」
建設省土木研究所 島谷 幸宏
<健全な生態系とは何か?>
「健全な生態系」とは、「不健全な生態系」に対比する概念であり、「不健全な生態系」がなければ、特に考える必要もない概念であろう。
したがって「健全な生態系」とは何か?という問いに答えるには「健全な」と「不健全な」の両側面から考えるべきである。
また「健全な生態系」は「不健全な生態系に」対比する概念であるから、不健全な状態を評価する物差しとしてあるいは健全な状態を保全、
不健全な状態を修復、復元する際の目標の物差しとして考えるべき概念であろう。
ここでは、実体験に基づいて「健全な生態系」とは何かを論じてみたい。
多摩川永田地区は数十年前までは、河原が大きく広がる、複列河道の河川であった。
そこには河原に依存する、カワラノギク、カワラバッタなどの生物が多く見られた。
しかし、ここ20年程度の間に、河道形状は変化し、ハリエンジュにより樹林化し河原に依存した生物は激減し、
特にカワラノギクは絶滅の危機に瀕している。この地域は緑が豊かなこともあり河川環境管理計画の中では現状の自然を保護する区域に指定され、
自然保護グループはここの緑を大変大切にしている。
現在、樹林に覆われているが、本来多摩川の河川環境に適応していたカワラノギクなどが絶滅の危機に立たされるのを見て、
健全な生態系とはとても思えない。
これとよく似た例は、スイス、チューリッヒ州のテス川などにも見られる。
アルプスのふもとの河川はもともと複列河道で河原が広く広がる環境であった。今世紀はじめ頃行われた河川改修により、川幅は狭められ、
河道は直線化されている。河道沿いには見事な樹林帯が存在し美しい風景を見せる。しかし川幅を狭めたことにより流速が増し、
河床は低下し、そのために落差工が何基も導入された。最近は、近自然河川工法の導入により河岸の単調化の改善、
落差工の撤去など随分改善されてきた。しかし昔見られた河原はほとんどなく、ワンドなどの2次的な水域も見られない。
昔は開放的な広々とした空間であったが、現在は河畔林が繁るあまり開放的ではない空間となっている。
このような河川を見て、随分改善されているが、とても健全な生態系が回復したとは思えない。
次に宍道湖について考えてみたい。宍道湖は面積日本第6位、ヤマトシジミの生産量日本1位を誇る日本を代表する汽水湖である。
しかし元々汽水湖であったわけではなく縄文期は海水湖であり、その後、上流の鉄鉱の採掘のためかんな流しという、
土砂を大量に流出させる方法をとったこと、製鉄のエネルギー源として樹木を伐採したため、海水湖は埋積し、江戸時代初期に一旦淡水化した。
宍道湖の湖水の排水を良くするために、宍道湖と日本海をつなぐ佐陀川の開削(江戸中期)により少し塩分が進入し、
宍道湖と中海をつなぐ大橋川を拡幅したことにより(大正末期から昭和初期)により汽水化したことはよく知られている。
江戸期の淡水であった頃の生物相とは大きく異なっていると考えられるが、現在の宍道湖の生物相およびその生産力は極めて豊かであり、
アオコが発生したり、魚類の斃死が見られたりすることはあるが、不健全であるとは思えない。
最後に、北川について考えてみる。北川は大分県傾山(1602m)を源に、宮崎県北川町を流下し、河口近くで五ヶ瀬川に合流する、
流域面積587km2、流路延長50.9kmの九州を代表する清流である。1997年9月、台風19号により、北川は大きな被害を受けた。
堤防の破堤、無堤部からの氾濫により、北川沿いの低地面は、ほぼ水没し大きな被害を受けた。建設省および宮崎県は再度災害の防止のため、
大規模な河川改修計画を立案した。その際、北川の良好な自然環境がなるべく保全されるような改修方法について検討がなされた。
洪水防御の基本的な考え方は以下のとおりである。
- 台風19号による推定ピーク流量5000m3/sを計画対象洪水とし、越堤や破堤による堤内地への洪水被害の軽減を図る。
- 洪水防御方式としては沿川に住宅が密集する下流部は連続堤方式で、洪水時の水位が大きく上昇する中下流部では超過洪水時の破堤に強く、
氾濫後の排水に優れた霞堤方式(連続堤防ではなく一部が不連続の堤防)を踏襲し堤防の強化とともに、
なるべく霞堤開口部の水位が低下するように河道の掘削、樹木の伐採などを行う。
自然環境への配慮としては、
- 流水部にはなるべく手をつけず、瀬と淵および汽水区間の範囲を保全する。
- 魚付き林として位置付けられている河畔林をなるべく残す。
- 北川を特徴付けている、アカメ(魚)、カワスナガニが生息できる環境を保つ。
等である。
北川では、健全な生態系を流水部の生物に対するインパクトが大きく出現しないということから捉えようとしており、
その指標として付着藻類、アユ、アカメ、カワスナガニを取り上げている。北川のこのような考え方は、きわめて具体的であり、
実現可能な健全さの考え方といえる。
このような事例から考えると、「健全な生態系」という一般解はなく、個々の河川、湖沼別に過去の変遷や人間との係わり
及び現況あるいは過去の生態系(あるいは生物相)に基づき個々に「健全な生態系」という概念が形成されることが解る。
そういった意味では「健全な生態系」は、自然科学的な観点および社会科学的な観点の両者から決められると考えるべきであろう。
とはいうものの、ここで述べた事例などを通していくつかの共通する考え方があるのがわかる。
多摩川では、過去の河原という環境に適応した地域固有の生物が生息できるかどうかが健康度の目安になっている。
また宍道湖では、生物生産量および多様性が目安になっている。また北川では、流水部における付着藻類の生産量やアユなどの魚類、
地域固有のアカメやカワスナガニの生息環境が確保されることなどが目安となっている。
一言でまとめると「そこにすむべき生物が、ちゃんと生息していけること」が健全かどうかの目安になっている。
そこに住むべき生物、とはいったいどのような種あるいは種群あるいは地域個体群あるいは個体なのか、
ちゃんとというのは現存量がある一定量以上か?生活史をまっとうできるのか?自然の変動の中で絶滅しないのか?
などそこに住むべき生物、ちゃんとが明確になる必要があるが、これは先ほど述べたように、過去からの自然環境の推移、
人間と水環境との係わり方から決まるのではないだろうか。この考え方は人間と自然との共生を踏まえて「健全な生態系」
を議論する必要があることを示している。
<その評価>
次に健全な生態系をどのように評価すれば良いのかということについて考えてみたい。
基本的には「健全な生態系」という目標設定がなされたら、それに対応して指標化を図る必要がある。
地域個体群が維持されることが「健全な生態系」の時には、地域個体群の個体数あるいは個体数の変動が指標となるであろう。
河原のような特定の環境に依存する生物が持続的に維持されることが「健全な生態系」の目安となるときには、
河原に依存する種数や現存量あるいは河原率のような河道の中にどの程度の河原があるかなどが指標となるであろう。
個体数の変動や河原率の変動は、河川の特徴である破壊と再生を評価しうる指標であり、
変動を把握するような指標の設定も重要と考えられる。
またこれらの指標は、「健全な状態」の値と比較することにより意味を持つので、何と比較するのかが重要である。
「過去のある時点」「改修する前」「河川の縦断方向」「近傍の河川」などと比較し健全さを論じることが有効であると考えられる。
<復元に向けて>
最後に「健全な生態系」の保全・復元について考えてみたい。基本的には「健全な生態系」という目標設定がされていれば、
その目標に近づくための方法をとれば良い。すなわち「そこに住むべき生物が、ちゃんと生息していける」仕組みを整えれば良い。
しかしながら、ひとことで仕組みを整えれば良いというと簡単ではあるが、実は、生物の生活史や地域個体群維持の構造の理解が
不充分であったり、整えなければならない物理的な環境が土砂移動、河川微地形、流量変動などが複雑に絡み合い
それらをコントロールする手法が十分に確立されていなかったりするため、容易ではないことが多くある。
たとえば、前述した多摩川では、目標設定として (1) カワラノギクのメタ個体群が存続されるようにする
(2) 永田地区の30年前の複列河道であったときの生物相、生物生息空間を復元することが「健全な生態系」の目標とした。
(1) については、地域個体群の維持を目標とすべきであるという意見もあるが、個体数自体が減ってきているのでメタ個体群の維持を
目標とせざるを得ないのではないかという議論がなされている。
このような目標を達成するために、現在検討していることは、1)カワラノギク保護サイトの設置とカワラノギクの種子の確保、
2)一部高水敷を切り下げ、表層の細粒土砂文を除去した、カワラノギク生育サイトの整備、3)自立的に複列流路が形成される
低水路幅への拡幅、4)これらが将来にわたって維持されるための、土砂供給量の確保をはかる、などである。
多摩川永田地区では河原の維持が、重要なポイントであるが、河原は洪水による破壊、そして再生というシステムが存在して
初めて維持される。その維持という意味は、場所は異なるがある空間の中に常にある一定以上の河原が存在するということである。
すなわち河原の維持は動的なシステムの維持でもあるわけである。多摩川でカワラノギクの個体群を将来にわたって維持していく
ためには、多摩川のかなりの区間において河原及び種子定着サイトが維持される必要があり、そのようなシステムが完成した時に、
健全な生態系に戻ったといえるであろう。しかしながら、このような動的なシステムの復元は理論的には可能であろうが、
これまでに経験がなく、モニタリングなどをしながら、適応的に管理していく必要がある。復元にあったては、河川形態、
河川の連続性、水質、流量レジーム、土砂移動量や土砂の質、生物への保護、育成、外来種の駆除などが主とした手法であり、
目標に応じこれらが組み合わせて対策が講じられるものと考えられる。
「健全な生態系へ向けて−何をなすべきか」
愛媛大学 大森 浩二
健全な生態系とは、人類の自然への影響度が現在に比べかなり低かった農耕文明段階以前、つまり、
最終氷河期の終わりの約一万年前に存在した生態系ということができるであろう。
しかし、その生態系がどのようなものであったのか、花粉分析から想定できる以外は、知る由もないが、
また、知ることに現実的な意味はあまりないのかもしれない。
というのも、例えばある河川の生態系を構成する生物群集の組成がその後の人類の生活活動により改変されたとして、
その後、生活活動を完全に停止しても以前の群集組成に戻ることはおそらく不可能であろうから。
種の絶滅、また、一回性や偶然性の要素の強い他の(河川などの)生息場所からの移出入は、
生物群集組成の変化の不可逆性を示唆している。このことは、特に河川等の陸水域のように閉鎖性の強い生態系では重要である。
また、気候帯レベルでは言うに及ばず十数km程度の地理的違いでも離れている河川間で復元されるべき健全な生態系の
群集の種組成は異なってくるであろう。
つまり、健全な生態系というとき、その構成要素にいちいち注目するよりも、生態系の機能的な側面を見ることの方が
より現実的なのかもしれない。これらには、物理化学的要素が強く関係しており定量化し易さや一般性があるからである。
もちろん、生態系の構造と機能は、その構成要素である生物群集あってのものではあるが。この点については、後にもう一度検討する。
さて、完全な健全さを示す生態系というものが、ある面において不可知である以上、また、河川ごとにそれは異なるであろうことから、
健全さというものは現時点の生態系の状態を基準とした相対的なものにならざるを得ない。
つまり、生態系に対し何らかの改変を行った場合、現在よりも健全になったかどうかで判断するのである。
ここでは、先ず、このような現実的なアプローチ法を検討する。
人為的な環境改変が、どのような過程をへて河川生態系へと影響を与えるのかを考える。
以下に示すように、人為的環境改変は陸上生態系での改変と河川生態系の直接的改変とに分けられる。
ここで前者は間接的に河川生態系へ影響を与えることになる。
0)人為的環境改変
- 陸上生態系:山林の伐採、平地林の伐採と耕地化、地面の 舗装化、下水道網の整備等
- 河川生態系:河川改修、堰やダムの建設等
これらの人為的環境改変は、次に挙げる複数のしかし集約された河川環境の変化となって現れ、
河川生態系に影響を与えるのである。
1)河川の物理化学的環境
<河川水>
- 水の質:粒状有機物・無機物(土砂、れき)流入量、可溶性有機物・無機物(栄養塩類)流入量
- 水の量:流量、流量変動幅・変動パターン
<河川地形>
ここで河川水の性質が、地質構造と相まって河川地形の形成に直接関わっているのは論を待たない。
逆に、河川地形が河川水の質を決めることもある。このような河川の物理化学的環境が生物群集の生息場所を直接形成していく
(一次的生息場所)が、生物群集の中でも特に一次生産者が一次的生息場所で生育することにより、
さらに二次的生息場所の形成に至る場合が多い。生息場所の特性と河川環境とには次のような対応関係がある。
2)生息場所特性
- 生息場所の多様性と量:水の量、河川地形
- 生息場所の質:水の質(有機物、栄養塩量等)
ここでの問題は、以下に挙げるような生態系の特質と人為的環境改変との関連を明らかにすることにあるが、
先ず、生息場所特性との関係を検討する。
3)生態系の特性
<生態系の構造>
<生態系の機能>
- 一次生産速度
- 分解速度/一次生産速度比
- 内部生産/外部生産比
- 群集現存量/流入物質量比
ここで問題なのは、どのような特性を持った生態系が健全かということである。ただ、少なくとも種多様性や栄養段階数
が高い生態系ほど良い(=生態系の健全度が高い)という価値基準は、論を待たずに万民の認めるところであろう。
まず、これらの特性を指標として河川環境との関係を以下に検討する。
生息場所の多様性やその大きさは、それが減少するに伴い、生態系の特性の中でも種多様性や栄養段階数は確実に
減少するであろう(単調減少型)。これに対し、生息場所の質に関わる要因(無機栄養塩類や有機物量)は、
その量がほとんどない状態から増加するにつれて、種多様性は増加するが無限に増加することはなく、
ある量を境に減少に転ずる(コンベックス型)。つまり、要因の最適値が存在すると考えられる。
ただし、生息場所の質に関わる要因でも、土砂粒子量は、単調減少型になると考えられる。
一つの河川からこれらの関係性が求められることはまずあり得ないが、地理的に近いよく似た規模の複数の河川の
データから大まかな関係性は得ることができるであろう。
ここで重要なのは、攪乱要因に対する生態系の特質の反応パターン(関係性)である。単調減少型であれば、
その要因はともかく減らす方向へともって行くしかない。つまり、どの程度の健全度(ここでは種多様度)まで低下させて
良いかということを科学的に決定することはこの場合困難なのである。しかし、この関係性が最適値を持つコンベックス型の場合は、
最適値(最大の健全度)を与える要因の程度が攪乱の限界(=健全な生態系の維持)とすることができる。
コンベックス型を示す攪乱要因を扱う場合、生態系の形質によっては最適な要因の程度が異なることが予想される。
その場合どれを優先するかは、検討を要する課題である。例えば、種多様性と生産速度について、前者がより少ない栄養塩量で
ピークを示すことが知られている。この場合、どちらの限界負荷量を採用すべきなのであろうか。
また、河川生態系の健全度判定をこの現実的なアプローチ法でという場合、どの範囲またはスケールでの話かということに
注意しておく必要がある。一つの水系の一支流が検討対象の場合、その支流環境の単調減少型の人為的攪乱要因を減少させること
によって、より健全度の高い他の支流に分布していた生物群集からの移入が生じ対象支流の種多様性が増大する可能性は限定された
程度では残されている。しかし、水系を越えての移入の起こる確率が低くなる場合、水系全体の健全度を問題とすると攪乱要因
の程度を軽減しても移入率の低さから種多様度がそれに直ちに反応して増大することが難しくなるのではないか。
つまり、種数がその背景にある種多様度や栄養段階数は生態系の健全さの回復過程をみるには感度の良くない不適な指標と考えられる。
ただ、日本の河川の場合、両側回遊性魚が多く、周辺河川からの移入率が高いこともある。そのような種のグループに限定して
指標とすることも可能かもしれない。しかし、指標としては、種数と直接関わる生態系の構造に関する形質ではなく、
生態系の機能である総生産量や現存量のようなある意味での計量形質がより適しているだろう。
最後に少し異なった立場から、生態系の健全性について検討を行っておこう。それは、生態系とは何かということから
その健全性について考える立場である。生態系は、太陽エネルギーの一部を自立的に持続的に固定することのできる基本生態系と
その固定されたエネルギーを利用しようという食物連鎖網から構成されている。その基本になるのは物質であり、
より多くの物質を生態系内に保持する必要がある。特に、河川生態系は流水環境下にあるため、堆積層等の非生物的な物質の
保持は困難であり、一次生産者も含めた生物群集の生物量として物質を保持する必要がある。このことから、
生態系内で非生物部分に対して生物部分が大きいほど河川生態系としては成功しているといえる。河川生態系の数理モデルを作成し、
その比率の上限の検討を行えば、その上限値を基準として、生態系の健全度を評価する事ができるかもしれない。
これも健全性に関する一つの考え方である。
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2004年(No.24)-2006年(No.34)分
2001年(No.13)-2003年(No.23)分
1997年(No. 1)-2000年(No.12)分
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